日本のクラシック界の闇、越えてはいけない師弟関係、逆らえない楽譜の流派、藁人形の世界

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知り合いに聞いた話。

幼い頃からピアノや色々な楽器を習い、クラシックというものに通じている彼に久々に会う機会があり、その時に聞いた話が面白かったのでメモします。

 

クラシックの世界では先生(師匠)を超えてはならない

ただならぬ闇を感じます。

一般社会とは違う世界を感じます。

どんな世界でも下の者に抜かれると、いい気をしないのは分かります。人間だもの。そういう時もあるでしょう。

しかし、それがどこかの国ばりに、絶対に許されないとしたら、、、恐ろしい。

どこかの国ばりには私の妄想ですが、実際にそういう文化があるそうです。

テクニック以外でも、オリジナル性を出しても同様に許されないそうです。

 

幼い頃から海外で生活し戻ってきた人に対しては、わぁー、と拍手が起こるそうですが。

なので優秀な人は海外に出るケースが多いそうです。

オ◯ワ◯イ◯さんなど。

 

楽譜には流派が存在し、先生が認める流派でないとしばかれる

身内が曲を聞いて譜面をおこす仕事をしているので、書店などで売っている楽譜は実際に曲を作った人以外が書いたものだというのは知っていました。

それと同じことかと思いますが、楽譜には流派というものが存在するようです。

そして、それぞれ「解釈」が違うとされています。

ここは、こういう風に弾く、といったところでしょうか。

例えば、タラタラタラ〜♪といった感じのところを

ソラソラソラ

と弾くか

ラソラソラソ

と弾くかなど。

なので同じ曲でも色んな楽譜が存在するようです。解釈以外の要素でも色んな楽譜があるみたいですが、、まあそこは素人なので、流すとして、、

要は流派があるということです。

そして、先程の先生の話に通じますが、人によって好みの流派が違います。

ここで大事なのは、なんとなくこっちの方が好き、とかいうレベルではなく、自分の認める流派以外はクズだと言わんばかりのレベルだということ。

ピアノのレッスンで先生の好みと違う流派の楽譜を持ち込んだり、弾いた日には、、、

ちなみに彼は楽譜をビリビリに破られたそうです。

 

私は、オリジナルの楽譜はないのかと訪ねましたが、オリジナルの楽譜というものは存在しないようです。

それもそのはず、クラシックの名曲たちが生まれたのは300年も前の話。

 

ふと思いました、じゃあコンクールの時はどの流派を弾くのかと。

審査委員にも流派、解釈の好みがあるはずです。

コンクールのときは、どの流派にもあてはまりそうな無難なものを弾く、そうです。

 

コンクールの裏側はドロドロ

この辺はクラシック界に限らずありそうな予感はしますね。

やはりお母様たちのドロドロっぷりが、、酷いそうです。

藁人形を打つなんてことも、、あったと。

 

大変だわさ。

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